2026.10 icoi Lounge MUSIC コラム
冷たい秋風と、不協和音のあたたかさ
10月の声を聞くと、miredoのある札幌の街を抜ける風の質感がガラリと変わります。
北海道の秋は、本当に足早です。
街路樹のカエデやイチョウが目を見張るほどの鮮やかさで色づいたと思えば、その見事なコントラストを描き出す朝晩の冷え込みは、日ごとに鋭さを増していきます。夕方5時を過ぎればあっという間に日は落ち、ふと漏れる吐息の白さに驚いて、クローゼットの奥から慌ててウールのコートや厚手のニットを引っ張り出す。あの、急激に肌寒くなる季節の変わり目特有の、キュッと身が引き締まる感覚です。
そんな、足早に冷え込んでいく秋の帰り道。街の景色にふと重ねたくなるジャズがあります。セロニアス・モンクのピアノです。
モンクの演奏スタイルは、とっても独特。通常のクラシックのように指を丸めるのではなく、まるで指をピンと伸ばしたまま、高い位置から鍵盤を叩きつけるように打鍵する「フラットフィンガー」。ときに指先だけでなく手首や肘、腕全体の重みごと鍵盤に落とし込むそのタッチは、ピアノというよりも打楽器を打ち鳴らしているかのようです。
さらに彼特有の手癖が、鍵盤の隣り合う音同士=半音違いの「短2度」と呼ばれる強い不協和音を、あえて同時に強く鳴らすこと。普通なら耳障りな濁りになってしまうはずのそのゴツゴツとした音は、まるでビル風に運ばれて頬をかすめる、秋の硬く澄んだ冷気のようです。
けれど不思議なことに、彼のピアノを聴き進めていくと、心がじんわりとした温もりに包まれていきます。
これには、音楽と人の心をつなぐちょっとした理由があるんです。
音楽心理学や脳科学の研究では、不協和音を耳にしたとき、人間の脳は一瞬だけキュッと緊張を高めることが分かっています。しかし、その緊張がふっと心地よい協和音へと解かれた瞬間、脳内には深い安らぎと快感をもたらす神経物質が満ちるのだそうです。
ずっと暖かい部屋にいるよりも、冷たい秋風を浴びて帰宅したあとに両手で包み込むマグカップのほうが、何倍も優しく温もりを伝えてくれるように。モンクのピアノが鳴らす一瞬の「冷たい摩擦」があるからこそ、その直後に訪れる余韻やハーモニーが、たまらなくあたたかく響くのです。
数あるモンクの名曲のなかでも、この季節の夜におすすめしたいのが『Ruby, My Dear』。
彼が大切に生涯弾き続けた、珠玉のバラードです。角のある無骨なタッチの間からこぼれ落ちるメロディは、どこまでも親密で、まるで大切な人の名前をそっと呼ぶような確かな体温を宿しています。
miredoで過ごす心地よい時間のあと、お気に入りのアウターに手を入れて、夜の札幌駅前通を歩く。その耳元にこの曲を添えてみてください。
澄んだ秋の夜風を通り抜けた先で、きっと心ほどける温もりを持ち帰ることができるはずです。
北海道の秋は、本当に足早です。
街路樹のカエデやイチョウが目を見張るほどの鮮やかさで色づいたと思えば、その見事なコントラストを描き出す朝晩の冷え込みは、日ごとに鋭さを増していきます。夕方5時を過ぎればあっという間に日は落ち、ふと漏れる吐息の白さに驚いて、クローゼットの奥から慌ててウールのコートや厚手のニットを引っ張り出す。あの、急激に肌寒くなる季節の変わり目特有の、キュッと身が引き締まる感覚です。
そんな、足早に冷え込んでいく秋の帰り道。街の景色にふと重ねたくなるジャズがあります。セロニアス・モンクのピアノです。
モンクの演奏スタイルは、とっても独特。通常のクラシックのように指を丸めるのではなく、まるで指をピンと伸ばしたまま、高い位置から鍵盤を叩きつけるように打鍵する「フラットフィンガー」。ときに指先だけでなく手首や肘、腕全体の重みごと鍵盤に落とし込むそのタッチは、ピアノというよりも打楽器を打ち鳴らしているかのようです。
さらに彼特有の手癖が、鍵盤の隣り合う音同士=半音違いの「短2度」と呼ばれる強い不協和音を、あえて同時に強く鳴らすこと。普通なら耳障りな濁りになってしまうはずのそのゴツゴツとした音は、まるでビル風に運ばれて頬をかすめる、秋の硬く澄んだ冷気のようです。
けれど不思議なことに、彼のピアノを聴き進めていくと、心がじんわりとした温もりに包まれていきます。
これには、音楽と人の心をつなぐちょっとした理由があるんです。
音楽心理学や脳科学の研究では、不協和音を耳にしたとき、人間の脳は一瞬だけキュッと緊張を高めることが分かっています。しかし、その緊張がふっと心地よい協和音へと解かれた瞬間、脳内には深い安らぎと快感をもたらす神経物質が満ちるのだそうです。
ずっと暖かい部屋にいるよりも、冷たい秋風を浴びて帰宅したあとに両手で包み込むマグカップのほうが、何倍も優しく温もりを伝えてくれるように。モンクのピアノが鳴らす一瞬の「冷たい摩擦」があるからこそ、その直後に訪れる余韻やハーモニーが、たまらなくあたたかく響くのです。
数あるモンクの名曲のなかでも、この季節の夜におすすめしたいのが『Ruby, My Dear』。
彼が大切に生涯弾き続けた、珠玉のバラードです。角のある無骨なタッチの間からこぼれ落ちるメロディは、どこまでも親密で、まるで大切な人の名前をそっと呼ぶような確かな体温を宿しています。
miredoで過ごす心地よい時間のあと、お気に入りのアウターに手を入れて、夜の札幌駅前通を歩く。その耳元にこの曲を添えてみてください。
澄んだ秋の夜風を通り抜けた先で、きっと心ほどける温もりを持ち帰ることができるはずです。