2026.05 icoi Lounge MUSIC コラム
春が残る場所で
季節の境界は、いつも静かににじんでいきます。
気づけば、やわらかな春の空気の中に、少しだけ強い光が混ざりはじめている。風はまだ冷たさを残しているのに、日差しだけが先に初夏へと踏み出しているような、そんな時間です。北海道の5月は、その“あいだ”がとても心地よく感じられます。
日中は上着を脱ぎたくなるほどのあたたかさがありながら、朝晩にはきちんと春の気配が残っている。すっかり初夏を感じる日も増えてきましたが、それでもまだ、春はここにとどまっています。全国的に見ると、春がゆっくり過ぎていくというより、気づけば夏に押し出されてしまうような感覚も増えてきました。
桜が過ぎると、間もなく強い日差しとともに季節が切り替わっていく。春の余韻に浸る間もなく、次の季節へと背中を押されるような移ろい方です。その流れの中で見ると、北海道のこの時期は、少し違った時間が流れています。春と初夏が、せめぎ合うのではなく、重なり合いながら共存しているような感覚。やわらかな空気の中に、少しだけ強い光が差し込む。すっかり初夏を感じる日もありながら、それでも完全には移りきらない、春の気配。
完全に過ぎ去る前の、わずかな余白のような時間が、ここにはまだ息づいています。
アイスランドでは、4月の終わりに「スーマルダグリン・フィルスティリ」という祝日があります。旧暦に由来するこの日は「夏の第一日」とされ、毎年木曜日に祝われます。ただ、実際の気候はというと、日本の感覚でいう“夏”とは大きく異なり、雪がちらつくこともあるほどです。それでもこの日が祝われるのは、「夏が来た」というよりも、「冬を越えた」という意味合いが強いためです。かつてのアイスランドでは、厳しい自然環境のなかで冬を生き抜くこと自体が大きな試練でした。木々が育ちにくい土地、風を遮るものの少ない環境、湿気を含んだ寒さ。そうした中で、人々は“いくつ冬を越したか”で年齢を数えたとも言われています。
だからこそこの日は、長い冬を越えたことを確かめ、これから訪れる短い夏を思い描く日。まだ冷たい空気の中で、人々はこれからの季節に思いを重ねます。
近年の日本では、夏の訪れを心待ちにするというより、どこか身構えるような感覚も出てきました。暑さが厳しくなるほどに、“楽しみな季節”から少し距離が生まれているのかもしれません。それでもアイスランドでは、短く限られた夏は今も特別なもの。だからこそ、そのはじまりを祝う文化が残っているのだと思います。
今月の1曲は、そんな季節に重なる一曲です。
アイスランド出身のシンガー・ソングライター、Laufeyの「Lover Girl」。クラシカルな響きをベースにしながら、ボサノヴァの軽やかなリズムをまとったこの曲は、春のやわらかさを残しながら、少しずつ外へとひらいていくような空気を感じさせてくれます。ミュージックビデオは日本で撮影され、下北沢や新宿の街並みを背景に、軽やかなステップを見せる姿が印象的です。春のぬくもりが、少しずつほどけて、初夏へと溶けていくような感覚。その“あいだ”にある温度が、この曲にはやさしく残されています。
季節は、いつもはっきりと区切られているわけではなくて、むしろそのあいだにある時間こそが、いちばん豊かだったりするのかもしれません。春が春のままでいられる時間は、少しずつ短くなっているのかもしれない。それでも、そのわずかな余白の中で感じるやわらかさや揺らぎは、きっと今だからこそ、より鮮明に心に残ります。
まだ少しだけ春に触れていられるこの季節に。やがて訪れる夏に、ほんの少し心を弾ませながら。
そのあいだの時間を、静かに味わってみるのもいいのかもしれません。
気づけば、やわらかな春の空気の中に、少しだけ強い光が混ざりはじめている。風はまだ冷たさを残しているのに、日差しだけが先に初夏へと踏み出しているような、そんな時間です。北海道の5月は、その“あいだ”がとても心地よく感じられます。
日中は上着を脱ぎたくなるほどのあたたかさがありながら、朝晩にはきちんと春の気配が残っている。すっかり初夏を感じる日も増えてきましたが、それでもまだ、春はここにとどまっています。全国的に見ると、春がゆっくり過ぎていくというより、気づけば夏に押し出されてしまうような感覚も増えてきました。
桜が過ぎると、間もなく強い日差しとともに季節が切り替わっていく。春の余韻に浸る間もなく、次の季節へと背中を押されるような移ろい方です。その流れの中で見ると、北海道のこの時期は、少し違った時間が流れています。春と初夏が、せめぎ合うのではなく、重なり合いながら共存しているような感覚。やわらかな空気の中に、少しだけ強い光が差し込む。すっかり初夏を感じる日もありながら、それでも完全には移りきらない、春の気配。
完全に過ぎ去る前の、わずかな余白のような時間が、ここにはまだ息づいています。
アイスランドでは、4月の終わりに「スーマルダグリン・フィルスティリ」という祝日があります。旧暦に由来するこの日は「夏の第一日」とされ、毎年木曜日に祝われます。ただ、実際の気候はというと、日本の感覚でいう“夏”とは大きく異なり、雪がちらつくこともあるほどです。それでもこの日が祝われるのは、「夏が来た」というよりも、「冬を越えた」という意味合いが強いためです。かつてのアイスランドでは、厳しい自然環境のなかで冬を生き抜くこと自体が大きな試練でした。木々が育ちにくい土地、風を遮るものの少ない環境、湿気を含んだ寒さ。そうした中で、人々は“いくつ冬を越したか”で年齢を数えたとも言われています。
だからこそこの日は、長い冬を越えたことを確かめ、これから訪れる短い夏を思い描く日。まだ冷たい空気の中で、人々はこれからの季節に思いを重ねます。
近年の日本では、夏の訪れを心待ちにするというより、どこか身構えるような感覚も出てきました。暑さが厳しくなるほどに、“楽しみな季節”から少し距離が生まれているのかもしれません。それでもアイスランドでは、短く限られた夏は今も特別なもの。だからこそ、そのはじまりを祝う文化が残っているのだと思います。
今月の1曲は、そんな季節に重なる一曲です。
アイスランド出身のシンガー・ソングライター、Laufeyの「Lover Girl」。クラシカルな響きをベースにしながら、ボサノヴァの軽やかなリズムをまとったこの曲は、春のやわらかさを残しながら、少しずつ外へとひらいていくような空気を感じさせてくれます。ミュージックビデオは日本で撮影され、下北沢や新宿の街並みを背景に、軽やかなステップを見せる姿が印象的です。春のぬくもりが、少しずつほどけて、初夏へと溶けていくような感覚。その“あいだ”にある温度が、この曲にはやさしく残されています。
季節は、いつもはっきりと区切られているわけではなくて、むしろそのあいだにある時間こそが、いちばん豊かだったりするのかもしれません。春が春のままでいられる時間は、少しずつ短くなっているのかもしれない。それでも、そのわずかな余白の中で感じるやわらかさや揺らぎは、きっと今だからこそ、より鮮明に心に残ります。
まだ少しだけ春に触れていられるこの季節に。やがて訪れる夏に、ほんの少し心を弾ませながら。
そのあいだの時間を、静かに味わってみるのもいいのかもしれません。